潮風のベッドと朝の体操
朝の光が山の向こうから港町へゆっくりと降りてくる時間。
ちゃぷん、ちゃぷんと船の腹を叩く波の音はとても静かで、潮の香りがひんやりとした風に乗って鼻先をくすぐっていく。
あたしのとっておきのベッドは、青と白のペンキが塗られた「福丸」の木の甲板の上。
ここから見渡す、ずらりと並んだ古いおうちの屋根や遠くで光る白い灯台、そして少しずつ動き出す漁師さんたちの重たい長靴の音が、あたしの毎日の始まりの合図だ。

眠っていた体を起こし、朝の特別な体操を始める。
少しひんやりする乾いた木の板に両方の前足をしっかりと押し付けて、うんと遠くまで滑らせていく。
しっぽを空のてっぺんに向けてピンと高く持ち上げ、背中のてっぺんから後ろ足のつま先まで、夜の間に固まっていた筋肉を一つずつ順番にほぐす。
目をぎゅっと閉じると、足の裏から船の小さな揺れが直接伝わってくる。
お日様の光があたしの黒と茶色と白の毛皮をじんわりと温め、海の水面がキラキラと光を跳ね返しているのが、まぶたの裏側でもちゃんとわかる。
鼻から大きく空気を吸い込むと、湿った太いロープの匂いや、遠くの潮騒、港の全部があたしの体の中に入ってくる。
ふう、と細く息を吐き出してゆっくりと目を開ける。
体中に新しい血が巡り、爪の先まで力がみなぎってきた。
さあ、今日はこの広い港のどこをパトロールしようかな。
網のそばでごちそうを待つか、それとも日当たりのいい堤防で仲間と日向ぼっこをするか。
体をしっかり伸ばしきったあたしは、今日という豊かな一日へ、誇り高く最初の歩みを進めた。
